中には「日本は世界的に見ても超過死亡が多く、コロナ対策に問題がある」「ワクチン接種の時期と重なるからワクチンによる死亡だ」と指摘する向きもあるが、それは正しいのだろうか? 結論から言うと、そんなことは決して言えなそうだ。 BuzzFeed Japan Medicalは統計データの分析を専門とする疫学者、名古屋市立大学公衆衛生学教授の鈴木貞夫さんにインタビューした。 概念として、超過死亡とは「例年より余分に死んだ人の数」のことを指します。 ——新型コロナによる死亡が8月は増えたと話題になっていますが、超過死亡はコロナ死など特定の死因によって増えた死亡のことを指すのですか? 基本的には全死因による死を指します。災害や疫病が流行ったなど明確に死亡を増加させる原因があれば、多くの超過死亡はそれによる死亡と推測できます。しかし、実際には、余分に死んだ人の中には交通事故死なども入っています。 例えばコロナが流行し始めた2年前のヨーロッパは例年より余分に死んだ人はコロナによる死がほとんどだった、という考えが共有されています。そこについては議論になっていません。 しかし、日本では必ずしもコロナによる死亡だけではないので、議論になっています。「コロナで死んだ」という人もいれば、「ワクチンで死んだ」と主張する人もいますね。 また「例年」とは何か、という問題もあります。日本のように急速に高齢化している国は、「例年」と「今年」では年齢が違ってきます。その高齢化の影響をどうやって取り除くかが大切です。例えばヨーロッパでは熱波によって毎年死亡する人がいるので、その影響を取り除いた超過死亡研究もあります。 私の基本的な姿勢としては、そもそも「超過死亡」は亡くなった人の情報しかないので、よほどその数が大きくない限り、どのように分析しても確かなことは分かりません。生きている人の情報がなく、死んだ人の年齢すらわからないからです。死亡者数だけのデータなのです。 となると、例年の傾向から今年の死亡をどれぐらい正確に予想できるか、それが実際の数字とどれぐらい違うかが重要になりますが、なかなか正確にはできません。 「超過死亡」を出す計算方法はバラバラで、権威ある医学雑誌「ランセット」に論文として掲載された「日本の超過死亡は例年の6倍」というデータと、WHOが出した「超過死亡」のデータは一致していません。 だから、8月の死亡が多いのは間違いないですが、どれぐらいコロナの影響があったかは「平均寿命」のデータが出てくるまで待つというのが私のスタンスです。 日本のようにコロナによる死亡者数が少ない国は、平均寿命を見る必要があります。それによると、2020年は超過死亡はなく、2021年は超過死亡があって平均寿命は下がりましたが、それもごくわずかでした。 そして、下がったとはいえ2021年の平均寿命は、コロナ流行の前の2019年以前より高いのです。つまりコロナ以前とコロナ後を比べても、コロナが始まってからの方が平均寿命は高くなっているわけです。

2〜3月、8月は確かに死亡が増えている

——その上で、8月の超過死亡はどのように分析していますか? 8月や2〜3月は他の年よりもかなり増えているので、何か原因があるのは間違いありません。ひと目で他の月よりも死亡が多くなっているのがわかります。 この下のグラフで引いたオレンジの線は、去年と比べてどれぐらい死亡者が多いか示したもので、雑な超過死亡と考えられます。 このグラフではオレンジの線が前年同月より増えた死亡の数でいわゆる超過死亡者数です。緑の線はその死亡増加分からコロナ死亡を引いた数です。つまり、コロナ以外の死亡です。いずれも左の軸で見てください。 コロナによる死亡として報告された数は青の線で、どれぐらい変化の傾向が重なっているか見やすくするために、この数字だけ右軸の数字でグラフを重ねてあります。 8月は2万人弱の死亡の増加があり、7000強はコロナによる死亡だとわかっています。 残りは何かと考えた時に、緑の線はコロナ以外の死亡ということになりますが、コロナの死亡の増減と動きが一致していますね。 そこから推測できるのは、まず、残りの超過死亡の中に「コロナによる死亡の見落とし」が含まれているのではないかということです。 もう一つは、「コロナの影響で医療が逼迫し、そのせいで一般医療が受けられなくなったりして、コロナと関係なく亡くなった死亡」というシナリオも考えられます。 ただし、この2つの要素はシナリオの一つとして推測しただけの話です。他のデータからも傍証することができれば、確からしい推測になります。

「ワクチンによる死亡だったのではないか?」という主張は?

まず、8月にコロナで7000人以上が亡くなったことは発表されていて、2万弱の超過死亡の中でも大きな割合を占めています。 かたやコロナワクチン接種後に亡くなった方は、ワクチンとの因果関係が確かめられていない「有害事象(※)」で考えても、9月4日まで全期間を通して1854人です。8月だけで考えればもっとずっと少ないはずです。ワクチンで死んだかもしれない人は、コロナによる死亡とは桁が違う少なさです。 ※ワクチンとの因果関係は問わず、ワクチン接種後に報告されたあらゆる望ましくない出来事。このうちワクチンとの因果関係が否定できないものが「副反応」と認定される。 現実問題として、因果関係があろうがなかろうがワクチン接種後の死亡(有害事象)は、何千人も上りません。それがワクチン死ではないだろうと推測する理由になります。 ワクチンをうった時期と、死亡の時期が一致しているというだけでは、関連を証明する何の証拠にはなりません。

コロナ前と比べて平均寿命は縮んでいない

コロナはオミクロンに変化してから様相が変わりました。デルタまでは少ない人がかかって高い致死率の病気だったのが、オミクロンになってからはたくさんの人がかかって致死率は下がる病気になりました。 それでも死んでいる人はオミクロンになってから方が多いです。おそらく2022年の平均寿命も前年より低くなると思いますが、来年の8月頃に出る2022年の平均寿命データを見なければわかりません。 そして平均寿命は誰が分析しても変わりません。でも超過死亡は分析する人や手法によって様々な数字が出てくるのです。 日本で報告されていないコロナ死亡が6倍もあるかと考えると、状況証拠的にあり得ないとわかります。 そして、コロナ前の2019年以前と比べたら、前年よりわずかに下がった2021年さえ平均寿命は伸びている。コロナによる死が、本来伸びていただろう平均寿命を吸収したことはあるでしょうが、よその国のようにコロナで平均寿命がガクッと縮んだとまでは言えないと思います。

日本のコロナによる人口比の累積死者数は海外と比べて少ない

こちらは、日本も含むアジアやオセアニア地域でのコロナによる対人口の累積死亡者数を比較したグラフです。青が2020年、オレンジが2021年、灰色が2022年です。 日本は昨年の死亡も少しありますが、やはりオミクロンに置き換わった今年になってからが多い。東アジアとオセアニアも2022年になってから死亡しています。 一方で東南アジアは2021年の死亡が多く、今年になってからは少ないです。ちゃんと数を数えていないのではないかという疑いもあります。 ペルーはコロナで亡くなった人口比の数が世界1です。最初の2年でかなり亡くなったので今年は少なくなりましたが、それでも日本より多い。原因はわかりませんが、中南米は高めで特にペルーは高いです。

ヨーロッパは1年目、2年目で死亡している

ヨーロッパを見ると、中南米よりは少ないですが、1年目、2年目がとにかく高いです。その後は収まっていると思いきや、意外と灰色も多く、今年もたくさん亡くなっていることがわかります。今年の死亡も日本よりかなり高いです。 ——これは感染による免疫がないからですか? そういう話だと思います。全体的に最初の2年、うまくコントロールしていた国は、今年苦戦しています。それが台湾であり、韓国であり、オセアニアもそうです。

「対策」と「犠牲」のバランス どこで腹を括るか

ですから、こうやって世界と比較すると、日本は超過死亡がありますし、平均寿命も少し縮むのでしょうけれども、国際的に見ると大騒ぎするほどの問題ではありません。 結局、どこで腹を括るかの問題です。 西欧の国は、死亡が増えることに対して腹を括ってコロナ対策を一気に緩和しました。このぐらいの死亡は織り込み済みで、国民もそれに納得している。 日本はそれに倣えというわけではありません。日本は日本の考え方があります。他の国の良い対策を真似すればいい。 でも対策を一気に緩和すれば、死亡者の増加というそれなりの犠牲を伴います。それを覚悟しなければいけません。 驚くほど地域別に傾向は一致しています。 少し前に日本が世界一、死亡者数が多かった時がありましたね。でもその一点で大騒ぎするのではなくて、全体を俯瞰すれば、「今多いのは、今まで少なかったからその裏返しで増えているのだ」と理解できる。 日本を後追いするかのように韓国や台湾も増えました。ニュージーランドも増えましたね。 香港が多いのはワクチンの接種率の低さだと思います。高齢者がワクチンが嫌いで、うっても効果が下がる中国製のワクチンだったこともあるかもしれません。

第8波への教訓は?ワクチンで備えよう

——こうしたデータを見て、これからやってくる第8波の教訓としては何が言えるのでしょう? まず、今のうちにワクチンはうちましょう、ということです。日本はこれまでの感染者が少ないので、感染による免疫はできていません。 今年の冬はインフルエンザも増えるといわれていますから、コロナワクチンとインフルワクチンと両方をうって備えておきましょう。 ワクチンをうつか、子どもにうたせるか難しいと思うかもしれませんが、信頼できる情報源を見たり、相談したりして、決めてください。 あとは、冬に向かうとおろそかになるのが換気です。換気をしっかりしましょう。 また年末にかけて宴会シーズンになってきますが、1回参加したら2回までに間を開けるなど、感染しやすくなるハイリスク行動をなるべく避けることです。 油断し過ぎるのでもなく、怖がり過ぎるのでもなく、当たり前の対策を当たり前にやる。 でも過剰な対策は省いていく。マスクも電車の中ではしても、駅まで歩いていくのはマスクなしにする。オンとオフを分けて、無理なく感染対策をする。 国際的に見た時に日本の対策が悪かったということはまったくありません。超過死亡のような揺れる数字に大騒ぎするのではなく、これまでの日本の対策に自信を持って、基本的なことを着実に行うことが大事です。

【鈴木貞夫(すずき・さだお)】名古屋市立大学大学院医学研究科教授(公衆衛生学分野)

1960年、岐阜県生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了(予防医学専攻)、Harvard School of Public Health修士課程修了(疫学方法論専攻)。愛知医科大学講師、Harvard School of Public Health 客員研究員などを経て現職。2006年、日本疫学会奨励賞受賞。

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